大判例

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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)9117号 判決

原告 金英敦

被告 国 外一名

訴訟代理人 関根達夫 外二名

主文

被告国は原告に対し金四、二四六、一五二円及び之に対する昭和二五年一二月二〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告国に対するその余の請求及び被告協会に対する請求は何れも之を棄却する。

訴訟費用は之を五分しその一を原告の負担とし、その余は被告国の負担とする。

事実及び争点

第一、請求の趣旨

(一)  別紙目録記載の建物につき原告が所有権を有することを確認する。

(二)  被告国は右建物につき、

(イ)  昭和二四年一〇月四日東京法務局受付第八、〇六四号を以て東京都知事の嘱託によりなされた所有権取得登記及び、

(ロ)  同二五年一二月二〇日付契約に基き被告協会が被告国のため弁済期を同二八年一二月二〇日とする金四、二三六、六九〇円の債務に対して同二六年一二月二五日東京法務局受付第五、八三〇号を以てなした抵当権設定登記の各抹消登記手続をしなければならない。

(三)  被告協会は右建物につき昭和二六年一二月二五日東京法務局受付第一五、八二九号を以て東京都知事の嘱託によりなされた所有権取得登記の抹消登記手続をしなければならない。

(四)  被告協会は原告に対し右建物を明渡せ。

(五)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決、若し右の請求が容れられない時は、

被告国は原告に対し金一〇、〇〇〇、〇〇〇円及び之に対する昭和二五年一二月二〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え

との判決、若し右の請求も容れられない時は、

被告国は原告に対し金四、二三六、六九〇円及び之に対する昭和二八年七月一〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

との判決並びに主たる請求(四)及び各予備的請求に対して何れも仮執行の宣言を求める。

第二、主たる請求の原因

(一)  別紙目録記載の建物は在日朝鮮人連盟(以下単に朝連と称する)東京本部の所有である。

(二)  しかし右朝連東京本部は権利能力なき社団であつたから、当時同本部の執行委員長であつた原告名義で昭和二三年七月六日本件建物の所有権保存登記をなした。

(三)  然るに右建物についてはその後被告らのために請求の趣旨(二)(三)掲記の如き登記がなされ、被告協会は何等正当の権原もないのに之を占有使用して居る。

(四)  そこで原告は被告らに対して、本件建物が依然原告の所有に属することの確認及び実体上の権利関係に符合しない前示各登記の抹消並びに被告協会に対して右建物の明渡を求めるため本訴請求に及んだ。

第三、被告らの答弁及び抗弁

(一)  各請求棄却の判決を求める。

(二)  本件建物がもと朝連の所有であつて原告主張の如き関係からそれが原告名義に登記されて居たこと、従つて若し本件建物の所有権が依然として旧朝連に属するものであるならば、それが解散後如何なる権利主体によつて承継されたかの点はさておき、現在でも原告がその権利を主張し得る法律関係にあること、被告らが右建物につき原告主張の如き登記をなし、被告協会が現にそれを占有使用して居ることは認める。

(三)  しかし右登記は何れも真実の権利関係を反映したものであるからもとより有効で、原告主張の如く抹消されるべきいはれはない。即ち、

(イ)  昭和二四年九月八日当時の法務総裁殖田俊吉は、団体等規正令第二条及び第四条により同日付法務府告示第五一号を以て在日朝鮮人連盟(東京本部を含むその組織一切)を解散団体に指定し、更に「解散団体の財産の管理及び処分に関する政令」第三条により本件建物(その敷地の借地権を含む。以下同じ)その他の全朝連財産を国庫に帰属したものとなし、同月一〇日法務府民事局甲第二、〇六八号により本件建物の引渡命令を発して之を接収した。

(ロ)  そして同年一〇月四日東京都知事の嘱託により東京法務局受付第八、〇六四号を以て本件建物につき被告国のため所有権取得の登記がなされ、

(ハ)  その後昭和二五年一二月二〇日被告国は本件建物を金四、二三六、六九〇円で被告協会に売却し翌二六年一二月二五日被告協会のため所有権取得の登記がなされ、

(ニ)  又昭和二五年一二月二〇日被告協会は被告国に対し弁済期を昭和二八年一二月二〇日とする金四、二三六、六九〇円の債務につき本件建物に抵当権を設定し、翌二六年一二月二五日その旨の登記をなした。

(ホ)  以上の次第であるから、前示各登記が何れも無効なものとして抹消される理由はない。

(四)  既に本件建物が被告協会の所有に属する以上、原告からその明渡を求められる根拠もないから、原告の請求は全て失当である。

第四、右抗弁に対する原告の答弁及び再抗弁

(一)  被告ら主張の日に在日朝鮮人連盟が解散団体に指定され、本件建物が接収されたこと、及び被告らがその主張の日に右建物の売買契約、抵当権設定契約をなし、その旨の登記を経由したことは認める。

(二)  しかし、

(イ)  前記「団体等規正令」並びに「解散団体の財産の管理及処分に関する政令」の根拠である昭和二〇年勅令第五四二号「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」はその成立過程に於て憲法第四一条に抵触する手続上の瑕疵がある。

即ち新憲法の下に於て右勅令の効力を維持するためには、昭和二二年法律第七二号「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」によらなければならなかつたのに拘らず、そのやうな手続は全然とられて居ない。

なる程右勅令は所謂緊急勅令として事後に帝国議会の承諾を得ることにより法律と同一の効力を有するに至つた。

けれども承諾によつて法律となつたのではない。

従つて憲法第七三条第六号に所謂「法律」には包含されない。よつて前記二政令はその基礎を欠き無効であるから、かゝる無効な法規に基いてなされた本件指定及び接収も亦当然に無効である。

(ロ)  仮に然らずとするも、右団体等規正令は結社の自由を保障した憲法第二一条に違反する。

就中法務総裁によつて解散指定を受けた団体に対して、当該処分の不当を争つて司法的救済を求める途さへ閉ざして居る同令の規定は、仮りに公共の福祉を理由として基本的人権を制限し得るとの前提に立つてもなお憲法違反たるを免れないものである。

従つて同令による解散指定に基きなされた本件接収処分も当然に無効である。

(ハ)  仮に然らずとするも、本件接収処分の根拠法規たる「解散団体の財産の管理及び処分に関する政令」は財産権の不可侵を保障した憲法第二九条に違反する。

即ち同政令第三条及び第五条は、政府が一方的に私有財産を取得することを認めながら、これに対する補償につき何らの規定もして居ない。現に本件接収に当つては一文の補償もなされて居ない。

なる程憲法第二九条第二項は、「財産権の内容は公共の福祉に適合するやうに法律でこれを定める。」と規定して居る。

しかしこの条項も私有財産を正当な補償なくして公共のために用ひることを許したものでないことは、同条第三項の規定に照らして明白である。現に農地解放を命じた自作農創設特別措置法さへも「農地」の買収を規定して居る。

結局前記政令は憲法違反たるを免れないからそれに基きなされた接収処分も当然に無効である。

(三)  仮に然らずとするも、在日朝鮮人連盟が団体等規正令第二条第一号及び第七号に該当する行為をしたとの理由で同連盟を反民主々義的且つ暴力主義的団体として同令第四条第一号、第二号により解散団体に指定した法務府告示第五一号は右団体の綱領、規約及びその民主的活動を故意に歪曲して専断的な認定を敢てしたものであるから当然違法且つ無効である。即ち右告示は解散指定の理由として所謂阪神教育事件、首相官邸デモ事件、京都事件、平事件、国鉄スト事件等を列挙して居るが、これ等は何れも事件の真相を歪曲し、殊更全責任を在日朝鮮人連盟に転嫁したものである。

従つてかゝる無効の指定を原因とする本件接収も当然に無効である。

(四)  仮に本件解散指定及接収が占領目的を達成するため連合国軍最高司令官の指令に基いて実施されたものであつたとしても

(イ)  敵国にある私有財産に対する占領軍の権限については、戦時国際法上私有財産尊重及び没収禁止の一般原則が確立されて居る。(「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」附属書「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」第四六条第二項)。

特に私有財産については、占領軍は之を没収し又は之を他に移転せしめる権限を有しないから仮令そのやうなことが行はれても原所有者は後日に於て何の補償も支払ふことなしにその財産を買主から取戻すことが出来るのである。

(ロ)  而して連合国軍による日本占領の法的基礎をなすポツダム宣言及び降伏文書は私有財産尊重と没収禁止に関する右の一般原則を排除するものではない。

連合国軍の占領下に於ても私有財産は尊重せられ、その没収が禁止されるのは当然で最高司令官と雖もその線に沿つて行動すべき義務がある。即ち連合国の対日占領はポツダム宣言の諸条項の実施を唯一の目的とするもので、当然ポツダム宣言及び降伏文書の規定によつて制約される。而も戦時国際法上の私有財産尊重の一般原則はポツダム宣言に所謂「基本的人権の尊重」に一致し、日本占領に当つても之が排除される理由はない。

(ハ)  結局本件に関する最高司令官の指令は国際法上何らの根拠もなしに行われた無謀極まる措置であつて当然に無効である。

従つてかゝる無効の指令によりなされた本件接収も亦当然に無効である。

(五)  前述の通り本件接収が無効である以上、被告国は本件建物につき当初からその所有権を取得しなかつたことになり、従つて被告協会もその所有権を取得するに由なく、被告国のため右建物につき抵当権を設定することも出来ないものと言はなければならない。

(六)  それ故前示各登記は何れも無効の原因に基いてなされたことに帰着するから、被告らは原告に対し右各登記の抹消登記手続をなす義務があり、又本件建物を何ら正当の権原に基かないで占有使用して居る被告協会は右建物を明渡す義務がある。

(七)  仮に以上全ての主張が容れられず本件接収処分が有効であつたとしても、それは占領軍の施策の一環として占領期間中に限りその所有権を信託的に一時国庫に帰属せしめたに過ぎない。

従つて占領の終了と同時に(最終的な処分権を留保されて居る)原所有者の権利は自動的に復活し、何人に対してもその返還を請求し得べきものである。

(かゝる見解は第二次大戦中の米国の敵産管理の方法にも適合し、又韓国に対する日本政府の主張とも合致する。)

第五、右再抗弁に対する被告らの答弁

(一)  昭和二〇年勅令第五四二号は所謂緊急勅令として事後に帝国議会の承諾を得たものである。而して右勅令は具体的事項を特定することなく命令に対して包括的な委任をして居るが、これは「連合国軍最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スルタメ特ニ必要アル場合」に限られるものであるから当時の情勢としてはまことにやむを得ないところで之を以て日本国憲法に違反するものと論断することは出来ない。

(二)  次に本件接収の根拠となつた二政令は、昭和二一年一月四日付日本国政府宛連合国軍最高司令官の覚書「好ましからざる人物の公職よりの追放に関する件」及び「或種の政党、政治結社、協会及び其他団体の廃止の件」並びに昭和二三年三月一日付覚書「解散団体所属財産の処分に関する件」に基き、前記勅令第五四二号により制定公布されたものである。

即ち之等の法令の解釈運用は、我が国固有の統治権に委されることなく、日本政府が(他の国家機関とは無関係に)連合国軍最高司令官に対してのみ責任を負ふ所謂直接管理方式でなされたものである。

従つて右各政令は日本国憲法にかゝはりなくその効力を有すべく違憲論の存する余地はない。

(三)  又、在日朝鮮人連盟及びその傘下諸団体については、それが団体等規正令第四条、第二条に該当するものとして、昭和二四年八月頃連合国軍総司令部民政局長ホイツトニイより同局次長ネピアを通じて法務府特別審査局長吉河光貞に対して之を解散せしむべき旨の有力な示唆が行はれた。そこで法務総裁は所要の書類を整へて正式に最高司令官に対して解散指定方承認の申請をなし、最高司令官代理たるホイツトニイの承認を得て同年九月八日法務府告示第五一号を発したのである。

従つて本件解散指定及び財産接収処置は超憲法的権力の発動によりなされたものであるからその当不当を論ずる余地はない。

(四)  このことは平和条約成立前数多の判例によつて確立された理論であるが、右の超憲法的権力の行使は単なる実力として行はれたものではなく降伏文書の調印によつて生じた法律上の権力として行使されたものであるから、平和条約成立後の法秩序に於ても当然その効力を保持すべきものである。(日本国との平和条約第一九条(D)項参照)。

第六、予備的請求の原因たる事実

(一)  仮に原告が本件不動産の返還を請求し得ないとしても、既に述べた通り、被告国は原告より信託的に譲渡を受けて一時所有権が自己に帰属したに過ぎない、換言すればその最終的な処分権は依然として原告に存する右不動産をほしいまゝに被告協会に売却して原告に右不動産の売却当時の時価一、〇〇〇万円に相当する損害を蒙らしめた。

右損害が担当官たる法務総裁の故意又は過失に起因することは明白である。よつて被告国は当然その責に任ずべき義務がある。

(二)  仮に法務総裁のなした行為に全然違法の点がなく、占領下まことにやむを得ざる処置であつたとしても、少くとも独立後の復権措置として憲法第二九条第三項の精神に照らし被告国は原告に対し相当の補償をなす義務がある。

而して右補償額は本件不動産の時価たる金一、〇〇〇万円が相当である。

(三)  よつて原告は被告国に対し右一、〇〇〇万円及び之に対する昭和二五年一二月二〇日(前記不法行為のなされた日であり且つ接収処分のなされた日より後である)以降右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四)  仮に右の請求が容れられないとしても、被告国は既に述べた通り法律上の原因なくして本件不動産を取得することにより不当の利益を受け原告に損失を及ぼしたから利益の存する限度に於てその利得を返還する義務がある。

而して被告国は右不動産を金四、二三六、六九〇円で被告協会へ売却することにより同額の利益を得、反証なき限り右利得は残存するものと推定されるから、原告は被告国に対し右四、二三六、六九〇円及び之に対する原告提出昭和二八年六月三〇日付第二準備書面送達の日の翌日である昭和二八年七月一〇日以降右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第七、予備的請求原因に対する被告国の答弁

原告主張の事実はすべて争ふ。

第八、立証として、

(一)  原告訴訟代理人は鑑定人安井郁、同立花寛、同鵜飼信成各鑑定の結果を援用した。

(二)  被告国指定代理人は、証人吉橋敏雄の証言及び鑑定人横田喜三郎、同高柳賢三各鑑定の結果を援用した。

理由

第一、左記の事実は当事者間に争がない。

(一)  別紙目録記載の建物はもと在日朝鮮人連盟東京本部の所有に属したが、同本部は権利能力なき社団であつたから当時同本部の執行委員長であつた原告名義で昭和二三年七月六日本件建物の所有権保存登記が為された。

(二)  昭和二四年九月八日当時の法務総裁殖田俊吉は、団体等規正令第二条、第四条により同日附法務府告示第五一号を以て在日朝鮮人連盟(東京本部を含むその組織一切)を解散団体に指定し、更に「解散団体の財産の管理及び処分に関する政令」第三条により本件建物(その敷地の借地権を含む。以下同じ)その他の全朝連財産を国庫に帰属したものとなし、同月一〇日法務府民事局甲第二、〇六八号により本件建物の引渡命令を発して之を接収した。

(三)  同年一〇月四日東京都知事の嘱託により東京法務局受付第八、〇六四号を以て本件建物につき被告国のため所有権取得の登記がなされた。

(四)  昭和二五年一二月二〇日被告国は本件建物を金四、二三六、六九〇円で被告協会に売却し、翌二六年一二月二五日東京都知事の嘱託により被告協会のため所有権取得の登記がなされた。

(五)  前同日被告協会は被告国に対し弁済期を昭和二八年一二月二〇日とする金四、二三六、六九〇円の債務につき本件建物に抵当権を設定し、昭和二六年一二月二五日その旨の登記を了した。

(六)  被告協会は現に本件建物を占有使用中である。

第二、各争点に対する当裁判所の判断は左記の通りである。

(一)  昭和二〇年勅令第五四二号は昭和二二年法律第七二号によつてはその効力を失はず、日本国憲法の下に於ても引続き有効である。

(イ)  昭和二〇年勅令第五四二号「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」は同年九月二〇日大日本帝国憲法第八条による緊急勅令として公布施行され、同年一二月八日貴族院に於て、同月一八日衆議院に於てそれぞれその承諾を得て実質的にも形式的にも法律と同一の効力を有するに至つたものである。

従つて右勅令はその内容が日本国憲法の条規と牴触しない限り引続きその効力を有するものであることは、同法第九八条第一項の反面解釈上当然である。

昭和二二年法律第七二号に所謂「命令」は、大日本帝国憲法下に於て帝国議会の意思が加はることなく行政権のみによつて制定された命令で日本国憲法によれば法律を以て定めるべき事項を規定して居るものを指称するに過ぎない。事後に帝国議会の承諾を得て法律と同一の効力を有するに至つた緊急勅令が右の範疇に入らないことは極めて明白である。

(ロ)  次に右勅令は具体的事項を特定することなく命令に対して包括的な委任をして居り、かゝる白地授権が一般的に許されないことは議論の余地がない。

一九三三年三月二四日ドイツ国に於て公布された「国民及び国家の困難を除去するための法律(所謂授権法)」の如きは日本国憲法の下に於て当然に無効と解さるべきである。

しかし次の事は承認されねばならない。

先づ第一に、右勅令は前記「授権法」と異なり行政機関の恣意により立法権を侵害するためのものではない。

第二に右勅令は我が国が降伏文書の第六項に於て「ポツダム宣言を実施するため連合国軍最高司令官又はその他特定の連合国代表者が要求することあるべき一切の命令を発し且つかゝる一切の措置をとること」を約した結果発せられたものである。

従つて仮にそれが憲法の下に於ける法形式を採用したとしても、その性質上は純粋の国内法たる場合と区別されなければならない。

(ハ)  日本国憲法はその第九八条第二項に於て日本国が締結した条約及び確立された国際法規が憲法の上に位することを宣言し、憲法を含めた全ての国内法に対する国際法の優位を承認した。このことは日本国憲法が国際協調主義、恒久平和主義をその基本原則の一として採用したこと、及び日本国憲法第八一条に於て条約が法令審査権の対象となつて居らず、更に同法第九八条第一項に於て憲法に違反し得ない法形式の中に条約を列記して居ないこと等により明らかである。

而してこゝに所謂「条約」は狭義の条約に限らず、国家間の文書による法的拘束力ある合意をすべて包含するから、降伏文書がその条約の一であることには疑問の余地がない。

(ニ)  最後に国際法の憲法に対する優位はそれが国家主権の制限と云ふ一点に集約されることに注意しなければならない。国家は仮令条約によつても国民の享有する基本的人権を制限し又は剥奪することは出来ない。

(A) このことはフランス第四共和国憲法がその前文に於て、

「フランスは相互的であることを条件として、平和の組織と防衛とに必要な主権の制限に同意する。」

イタリア共和国憲法がその第一一条に於て、

「イタリアは……他国と同等の条件で、諸国家間の平和と正義を保障する機構に必要な主権の制限に同意し……」

ドイツ連邦共和国基本法がその第二四条に於て、

「(1)  連邦は立法によりその主権的権力を国際機関に移譲することが出来る。

(2)  連邦は……ヨーロツパに於て並びに世界各国民の間に平和で永続的な秩序をもたらし、且つ保障するところの主権的権力の制限に同意する。」

とそれぞれ宣言されて居ることにより明らかである。

日本国憲法は相互主義を条件として居ないが、爾余の点に於て之等諸国の憲法と別異に解されるべき理由はない。

(B) 日本国憲法はその第三章に於て「国民の権利及び義務」を定めて居る。大日本帝国憲法もその第二章に「臣民権利義務」を列記して居た。

しかし両者の規定には本質的な差異が存する。

大日本帝国憲法に於てはその上諭に、「朕ハ我ガ臣民ノ権利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範囲内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムベキコトヲ宣言ス」とあるやうにそこで保障された権利は憲法によつて始めて与へられたものであつた。

これに反して日本国憲法が承認し、尊重し、保障しようとする基本的人権は、人間が人間である以上当然に享有し得べき天賦固有の権利である。それは既に憲法以前に於て人間の本質に内在し、国家や憲法に対し論理的に先立つものである。

日本国憲法は単にそれを再確認したに過ぎない。

従つてかゝる「創造主からあたへられた不可譲の権利」(アメリカ独立宣言)は、「如何なる約束を以てしてもそれを奪ふことは出来ない。」(ヴアージニア権利宣言)日本国憲法の用語例に従へば、それは「侵すことの出来ない永久の権利として(自然法に基き生来的に)現在及び将来の国民に与へられる。」(第一一条)

仮令憲法に優先する「条約」によつても之を制限し得ないことは当然の事理である。

(ホ)  以上の理由により次の如き結論に達する。

(A) 昭和二〇年勅令第五四二号は昭和二二年法律第七二号によつてはその効力を失はない。

(B) 右勅令が命令に委任した立法の範囲は著しく広汎であるけれども、それは行政権の恣意を許すためではなく、ポツダム宣言の受諾及び降伏文書の調印に伴ふ必然の義務として降伏条項を誠実に実施するためであり、日本国憲法は条約による主権の制限に同意し而も相互主義による留保を附して居ないから、右勅令に対する白地授権は日本国憲法第四一条の規定に拘らず有効である。

(C) しかし右勅令に基き発せられる法令・処分と雖も、国民からその享有する基本的人権を剥奪することは出来ない。

(二)  団体等規正令は憲法第二一条、第三二条に違反しない。

(イ)  団体等規正令は、その第二条に於て一定の行為を目的とする団体の結成を禁止して居ること及び憲法第二一条により再確認された結社の自由は仮令それが公共の福祉を理由としても制限し得ないものであることはまことに原告主張の通りである。

(ロ)  しかし、結社の自由にはその本質上必然的な限界が存することも承認されなければならない。何となれば、共同の目的を持つ継続的な多数人の集団である結社は、その目的如何によつては日本国憲法と根本的に対立する立場にも立つことが有り得るからである。

もとよりそのやうな結社もそれ自身の存在理由を持つ。

「仮令如何なる形態の政府であらうとも、それを変革し或は廃止して彼らの安全と幸福とを達成するに最も適当と認められる原理に基礎を有し且つその権力をそのやうな形態に構成する新たな政府を樹立することは国民の権利である。」(アメリカ独立宣言)

だが同時にそのやうな権利乃至自由が既存の社会体制により容認され得ないものであることも明白である。

現にスイス連邦憲法第五六条は、

「市民は、結社の権利を、それがその目的に於て、又は目的のために定められた手段に於て、違法若くは国家に危険でない限りに於て有する。」

ドイツ連邦共和国基本法第九条は、

「(1)  すべてのドイツ人は組合及び結社を組織する権利を有する。

(2)  団体にしてその目的又は活動が……憲法上の秩序若しくは国際理解の観念に反するものは之を禁止する。」

又集会の自由について、アメリカ合衆国憲法修正第一条は、「連邦議会は……人民が『平穏に』集会……する権利を剥奪制限する法律を制定することが出来ない。」

とそれぞれ規定し、社会的、政治的性格を伴ひ得る集会、結社の自由を、純粋に個人主義的、人間的な自由権(例へば思想及び良心の自由、信教の自由、学問の自由等)とは異なる範疇に置いて居るのである。

而してそれは国家が一の政治的社会である以上当然の事理であると言はなければならない。既存の社会体制を顛覆する自由の保障を、既存の社会体制に要求することはそれ自身一の自己矛盾たるを免れない。

(ハ)  以上の見地に立つて団体等規正令第二条各項を検討するに、そこに列挙された行為は何れも日本国憲法の基本原理であり従つて憲法改正の手段を以ても変更することの出来ない鉄則である国民主権、恒久平和、基本的人権尊重の各原則を根抵から破壊し、日本国憲法を基礎として打ちたてられた諸制度を顛覆しようとする行為なのである。

如何なる国の憲法もそのやうな行為に対してまで寛容であることは出来ない。そのやうな行為を企てる「自由」は憲法の保障の埓外にあるものと言はなければならない。

(ニ)  次に団体等規正令には法務総裁の解散指定に対して処分を受けた者がその不当を争つて司法的救済を求めることを禁じた規定はない。

加之日本国憲法の下に於ては、(法律上特に列記された事項についてのみ行政上の争訟を許した大日本帝国憲法時代と異なり)各特別法に格段の定めがなくても一切の法律上の争訟について通常裁判所に出訴することが出来るのであるから(日本国憲法第三二、第七六条、裁判所法第三条)同令にその点について格別の定めがなかつたとしてもそれが許されざるものと解すべきいわれは更にない。

(ホ)  尤も当時に於てそのやうな訴訟が実際上許されなかつたのは事実である。しかしそれは団体等規正令の規定によつてではなく、日本の裁判所の裁判権に属しないことを理由とするものである。(最高裁判所大法廷昭和二五年七月五日言渡判決参照)。

而して日本国憲法第三二条に所謂「裁判を受ける権利」は元来裁判所の権限として定まつて居る事項について裁判を受ける権利を指称するに過ぎず、日本の裁判所が裁判権を有しない事項について裁判を受ける権利は保障されて居ないのである。

従つて仮令そのやうな理由により裁判の拒絶が行はれたとしても、それは団体等規正令の規定の解釈から必然的に抽出された結論ではないから(既に述べたやうにそのやうな規定は存在しない)団体等規正令自体が憲法第三二条に違反することは有り得ない。

(三)  「解散団体の財産の管理及処分に関する政令」は憲法第二九条に違反しない。

(イ)  右政令はその第三条に於て所謂解散団体の財産を一方的に国庫に帰属させながらこれに対する何らの補償も規定して居ないこと及び正当な補償を与へないで私有財産を公共の目的のために使用、収用する法令は憲法第二九条の規定に違反して無効であることは原告主張の通りである。

(ロ)  しかし或る法令が右の理由によつて無効となるためには、補償を与へない趣旨がその法令の条項に於て明言されて居ることが必要である。

それが補償の点について沈黙して居るからと言つて当然に補償を与へない趣旨であると解釈されてはならない。

而して前記政令にはそのやうな補償を与へることを禁止した規定は何処にも存しない。従つて右政令が憲法第二九条に違反するものとは為し難い。

(四)  法務府告示第五一号は当然に無効ではない。

凡そ或る行政処分が当然に無効であるためには、その処分に内在する瑕疵が重大かつ明白なものであることが必要である。その処分の前提となる事実認定が誤つて居ても、その処分をなした主体、手続、形式に何らの瑕疵がなくその内容が不能又は不明確でない限り、それは単に不当な行政処分として正当な権限を有する行政庁又は裁判所により取消され得るに過ぎない。

従つて仮に原告主張の如く、在日朝鮮人連盟が団体等規正令第二条第一号及び第七号に該当する行為をしたものと認定して之を解散団体に指定した法務総裁の処分が不当であつたとしても、それだけの理由では右の処分を当然に無効ならしめるものではない。

(五)  在日朝鮮人連盟を解散せしむべき旨の連合国軍最高司令官の指令及び昭和二三年三月一日付日本政府宛覚書「解散団体所属財産の処分に関する件」は「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」その他国際法の諸原則に違反しない。

(イ)  鑑定人安井郁、同横田喜三郎各鑑定の結果を綜合すれば本件に於ける法律関係は次の如きものであると認められる。

(A) 戦時国際法上私有財産の没収を行ひ得ざるものとする原則は今日に於ては確立されて居る。

(B) しかし右の原則は連合国軍による日本の占領に当つて直接の適用はない。

何となれば右原則は未だ戦闘の継続中に一方の交戦国の領土が他方の交戦国の軍によつて占領された場合に適用されるものである。然るに日本の占領は降伏文書に基いて戦闘を中止する合意が両当事国になされた後その合意に基いて占領が行はれたのであるから通常の戦時占領とはその場合を異にするものと言はなければならない。

(C) 但しこのことは降伏文書に規定のない事項について右原則を類推乃至準用することを妨げるものではない。

(ロ)  鑑定人横田喜三郎は右の前提に立つて次の如き結論に到達する。

(A) 降伏文書第八項の規定により連合国軍最高司令官は日本の統治権の上に立つ権力を有するに至つた。

(B) 最高司令官は降伏条項実施のために自己が適当と認める措置をとることが出来、日本はそれに服従しなければならない。

(C) 昭和二三年三月一日付覚書は右の趣旨に則り発せられたものである。

(D) 右覚書の内容はポツダム宣言及び降伏文書に照して正当である。

(E) 従つて解散団体は不法な団体でありその財産が没収されるのも当然である。

(ハ)  右の見解のうち(A)乃至(D)はもとより正当である。しかし(E)については到底首肯することが出来ない。その理由は左の如くである。

(A) 犯罪人と雖も彼の権利を持ち得べきである。何人も、それが刑罰としてなされる場合を除いて、彼の私有財産をほしいまゝに没収されることはあり得ない。私有財産制度は近代市民社会の基礎だからである。

(B) このことは一七八九年八月二六日の「人と市民の権利に関する宣言」第一七条に於て

「所有権は不可侵且つ神聖な権利であるから、何人も公の必要が明白に要求することを法律で認めた場合及び正当にして且つ予めする賠償の条件の下に於てでなければ、奪はれることはない。」

と宣言されて以来全ての文明諸国の憲法の承認する原理となつて居る。

(例へば、アメリカ合衆国憲法修正第五条は、

「何人も……正当な法律の手続によらないで……財産を奪はれることはなく、又適当な賠償なくして私有財産を公共の用途のために徴収されることもない」

と規定して居る。)

(C) それは言はば文明の理念である。現に一九四八年一二月一〇日国際連合第三回総会に於て採択された「人権に関する世界宣言」はその第一七条第二項に於て、

「何人も、その財産をほしいまゝに奪はれることはない。」

と規定して居るのである。西欧民主主義国の国籍を有する連合国軍最高司令官が、かゝる文明の理念を知悉しない筈はない。その示唆におうところが極めて多いと推測される日本国憲法の基本的人権に関する諸規定を、ポツダム宣言の受諾に基く連合国軍の日本占領の目的と対照しつつ静かに併せ考えるとき文明の代表者にして正義の体現者であると少くとも自負していた最高司令官が、文明の理念に反するやうな指令を発する筈はないと解するのが最も自然であり又妥当である。

(ニ) さて、昭和二〇年九月三日附日本政府宛連合国最高司令官指令によつて最高司令官の権限により発せられる一切の布告、命令及び訓令の正文は英語によるのであるが昭和二三年三月一日付覚書は、その第四項に於て、″title to……, is transferred to the Japanese Government.″

と規定して居る。

この語旬の解釈については、鑑定人高柳賢三が正当に指摘するやうに、「……に対する権利は日本政府に移転される。」と云ふ意味以上に出ることは出来ない。″transfer″と言ふ語はその如何なる用法に於ても「没収」を意味するものとは解せられない。

(このことは右の言葉が古代フランス語のtransferer乃至ラテン語のtransferreに由来し、across, overを意味するtrans とto bear 乃至to conveyを意味するferre との結合語である事実よりして明白である。

現にヘーグ陸戦法規第四六条はその第二項に於て、

″La propriete privee ne peut pas etre confisquee″

と規定し、その英訳はThe proceedins of the Hague Peace Conferences(Translation of the Official Texts)″によれば、

″Private property cannot be confiscated. ″

である。

又、オツペンハイムはその著書に於て、

″Immovable private enemy property may under no circumstances or conditions be appropriated by an invading belligerent. ″

と記して居る。(International Law;vol.II, p.403)

(ホ)  ところで鑑定人高柳賢三は、右の前提に立ちながら、前後の関係特に本覚書の他の条項との関連に於て、それが「没収」と解されるべきであると主張する。その理由は即ち、

(A) 右覚書の各条項中に解散団体に補償を受ける権利その他何らかの権利が残存すべき規定を見出し得ない。

(B) それだけでなく第七項(a)は解散団体の前役員、理事、有力団体員などへの財産の売却をも禁止して居る。

(C) 日本政府は自由に財産の使用、収益、処分をなし得ると云ふ意味で所有者又は権利者となつたものではない。

(ヘ)  しかし、右の見解には左祖し難い。

(A) 覚書に解散団体が補償を請求する権利につき規定して居ないからと言つて当然にそれが否認される趣旨と解されてはならない。

そのやうな権利の存在を明らかに否定した規定もないのである。

(B) 解散団体の前役員らへの財産売却を規定して居る第七項(a)もそれだけでは右の見解を裏附ける根拠とはなり得ない。

解散団体から接収した財産を再びその前役員らへ売渡したのでは接収の意味がなくなる。右の規定はそのことを注意的に規定したに過ぎない。それ以上の意義を持ち得るものとは到底解し得ない。

(C) 解散団体より財産権の移転を受けた日本政府が法律上所有者又は権利者であることは疑ひがない。尤も日本政府は右財産の管理又は処分につき連合国軍最高司令官の指揮監督を受ける。

しかし、それは当時日本が連合国軍の占領下にあり、本件接収が占領政策の一環としてなされた以上当然のことである。

(D) 従つて鑑定人高柳賢三の列挙する理由だけからは、本件覚書の規定が解散団体の財産を日本政府に移転したことを以て連合国軍最高司令官が解散団体の財産を「没収」する趣旨の措置に出でたものと解することは出来ない。

(ト)  以上の次第であるから本件覚書は如何なる意味に於ても国際法の諸原則に違反しない。

而して証人吉橋敏雄の証言によれば、昭和二四年八月二〇日頃連合国軍総司令部民政局事務室に於て民政局長ホイツトニイより執行将校ネピアを介して法務府特別審査局長吉河光貞に対し昭和二一年一月四日付及び本件各覚書の趣旨に従ひ在日朝鮮人連盟を解散するやうにとの示唆が口頭で行はれた事実が認められる。

此の場合口頭による示唆が果して「連合国軍最高司令官の発した指令」と解し得るかどうかについては議論の余地があるけれどもその点は暫く措き、右指令乃至示唆はそれ自体独立してなされたものではなく前記各覚書に於て明示せられた占領政策の一環としてなされたに過ぎないから当然前記各覚書とその命運を共にすべくそれが何ら国際法の諸原則に違反しないこと既に述べたごとくである以上右指令乃至示唆も叙上原則に反することはあり得ない。

第三、以上の次第であるから本件接収が当然に無効であることを前提として原告が被告らに対してなす請求は全て理由がない。

第四、次に本件覚書第四項に所謂「権利の移転」は、鑑定人高柳賢三が正当に指摘する通り、右覚書第六項(a)に於て「解散団体に属する一切の財産を売却によつて処理すること」が、又第七項(a)に於て「右財産は……解散団体の前役員、重役又は有力社員に売渡してはならない」ことが日本政府に指令されて居る事実から推して之を何らかの留保又は条件を伴ふ財産権の信託的移転と解することは出来ない。

鑑定人鵜飼信成鑑定の結果によれば″title to……is transferred″と言う用語が原告主張の如き権利の信託的譲渡の場合にも用ひられ得ることは首肯出来るけれども、それ以外の場合には絶対に使用され得ないものとは解し難く、右鑑定の結果のみでは原告の主張を直接裏付けることは出来ない。

或る用語の意義が不明確である場合には、文章の脈絡乃至前後の関係によつてその意義を判定することは解釈の常道だからである。

又鑑定人安井郁鑑定の結果によれば、占領軍が国際法上権限を認められて居ない行為により敵国の公私有財産を没収して売却した場合には、原所有者は後日に買主からその財産を何らの補償も支払ふことなしに取戻し得る所謂戦後復権の原則が有効に存在して居ることには疑問の余地がないけれども、既に述べた通り連合国軍最高司令官の発した本件覚書はその権限に属する事項につき適法且つ有効に発せられたもので而も文明の理念に反する如き内容を全く包含して居ないから前記原則適用の対象とはなり得ない。

従つて権利の信託的譲渡又は戦後復権の原則の適用を当然の前提として原告が被告らに対してなす所有権確認、所有権取得及び抵当権設定各登記抹消、建物明渡の各請求及び予備的に被告国に対してなす国家賠償の請求は何れも理由がない。

第五、原告は被告国に対して正当な補償を請求する権利がある。

(一)  日本国憲法第二九条はその第三項に於て、私有財産を正当な補償の下に公共のため用ひることを認める。それは同条第一項に定める私有財産権の一般的保障に対応して個々の財産権を保護するための制度で講学上公用徴収又は公用収用と呼ばれる。

(二)  本件接収が果して右の公用徴収(収用)に該当するかどうかは、その対象・目的・作用の各観点から検討した上で更にそれが「適法な公権力の行使により課せられた特別の犠牲」なりや否やについても考察しなければならない。

(イ)  公用徴収(収用)の対象たる「私有財産」は私法上公法上の凡ゆる財産権を包含する。「解散団体の財産の管理及び処分に関する政令」第三条により国庫に帰属するのは、「解散団体の動産、不動産、債権その他の財産」であるから、勿論公用徴収(収用)の対象となり得る「私有財産」である。

(ロ)  公用徴収(収用)の目的は「公共のために」私有財産を用ひることである。此の場合「公共」とはその伝統的な概念要素としての「公共の利益となる事実」のみならず社会全般の福祉をも含む広い意味に解すべきことには疑問の余地がない。

本件接収は連合国軍最高司令官の発した指令に基き占領目的を遂行するため行はれたものであるから、それが「公共のために」なされたことは明白である。

(ハ)  公用徴収(収用)とは、私有財産を公共のために「用ひる」ことである。前記政令第三条による解散団体の財産の強制取得がこゝに所謂「用ひる」に該当することも議論の余地がない。

(ニ)  本件接収が「適法な公権力の行使」によつて行はれたことは既に屡々説明したところにより自づと明らかである。

(ホ)  それは又、解散団体のみに課せられた「特別の犠牲」である。

(A) これを形式的標準より見れば解散団体にのみ限局された個別的な権利侵害である。

(B) これを実質的標準より観察すれば、通常の負担以上に財産権の本体たる排他的支配を侵す行為として、その侵害の軽重と範囲即ちその本質性及び強度に於て財産権の社会的制約の範囲を越えるものである。

(C) 従つてそれは「特別の犠牲」である。

(三)  以上の次第であるから本件接収は所謂公用徴収(収用)であつてそれに対し「正当な補償」を与へるべきものに該当する。

(四)  ところで前記政令は損失補償について何らの規定もして居ない。しかし法の沈黙が当然に補償を与へない趣旨であると解釈されてはならないことは既に述べた通りである。

もとより正義公平の要求は仮令それが如何に美しく而も尤もらしく響かうとも、たゞそれだけでは実定法として又権利として之を主張し得ないことは当然である。

大日本帝国憲法下の通説が「若し法律に別段の規定がなければ、それは正当な権限に基く適法な公法的行為によつて生じた損失であるから、人民はその損失を受忍する義務があり、法律の規定を待たず当然に損失補償を請求する権利があるとは言へない。」と断じたのもそこに理由がある。

調節的な損失補償が果して「法の一般原則」又は「疑ひなき法規」であるか、又はそれが我国の慣習法として承認されて居るかどうか、すこぶる疑はしいものと言はなければならなかつたからである。」

(五)  しかし日本国憲法の下に於ては全く事情が異なる。

即ち日本国憲法第二九条第三項は単に立法の指針たるの性質を有するに止まるものではなく、それ自体実定法としての性質を有するものと解すべきであるから、之に基いて現実に正当な補償を請求することはもとより許されるべきである。(田中二郎・行政上の損害賠償及び損失補償二六一頁、二六四頁、今村茂和・国家補償法七二頁)

何となれば、収用目的そのものには何ら違憲性がなく、たゞ立法府の判断した補償額が正当なものとは認め難い場合に、裁判所は「正当な補償」が与へられて居ないことを理由として当該処分を無効とすべきではなく、憲法の規定に実定法的効果を認めて増額請求を許すべきものだから、若し公用収用法規に補償規定を欠く場合には直接憲法に基いて補償請求を認むべきことは理の当然だからである。

ワイマール憲法第一五三条の解釈についても、苟くもそれが憲法上「公用収用」と認め得べき限り仮令個々の法律に明文の規定がなくても憲法自身の法規的効力として関係者に直接権利義務を生ぜしめるものと解された。(Giese;Enteignung und Entschadigung s.11,2;Forsthoff:Lehrbuch des Vevwal tungsrechts;§17, s.265 )

又アメリカ合衆国憲法修正第五条の解釈としても、それが「公用収用」に該当する限り、法に明示の規定がなくても、憲法上の請求権として損失補償を請求し得るものと認められて居た。

(Street;Governmental liability;p.123 )

日本国憲法の下に於ても之と別異に解すべき特段の理由を見出し得ない。

(六)  而して昭和二三年三月一日付覚書には、叙上一連の解釈を排斥するものと認むべき如何なる条項も存在しないのである。

第六、「正当な」補償額の算定

(一)  所謂「正当な補償」が被収用財産の有する財産的価値と等価に置かれる必要のないこと、換言すればそれが常に必らずしも「完全な補償」を意味するものではないことは一般に承認された原理である。それは結局補償の与へられる時に於ける健全な常識により決定され、憲法を支へる社会的な価値観を基準とした「相当な補償」と解する他はない。

(二)  しかし「相当な補償」はもとより「完全な補償」を排斥する観念ではない。寧ろそれを前提として、たゞ合理的な事由がある場合に限つてそれを下廻り得るものに過ぎない。

従つて特定の財産の使用価値に着目して行はれた公用徴収(収用)に於ては、平等の原則に基いて「完全な補償」がなされるべきことは当然である。

(三)  よつて被告国が原告に対して支払ふべき補償額について検討して見ると、

(イ)  別段の定めがない限りそれが現金によつてなさるべきことは当然である。(土地収用法第七〇条参照)。

(ロ)  本件不動産を被告国が収用したのは昭和二四年九月八日であることは当事者間に争がない。

鑑定人立花寛鑑定の結果によれば、当時に於ける本件建物の時価は(その敷地の借地権価格をも含めて)金四、二四六、一五二円である。

(ハ)  従つて本件に於て原告に支払はれるべき正当な補償額は金四、二四六、一五二円である。

(四)  よつて原告その余の請求について判断するまでもなく、被告国に対して右金員及び之に対する(前記収用の後である)昭和二五年一二月二〇日以降右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は、その限度に於て之を正当として認容すべきものであるが、その余は失当として棄却を免れない。

第七、最後に原告の当事者適格について念のため附言すれば(もとより被告国はこの点を争わないのであるが。)

(一)  本訴に於ける実質的な適格当事者が旧在日朝鮮人連盟東京本部であることは疑ひがない。しかし右連盟が民事訴訟法第四六条により当事者たる適格を有するとしても、そのために原告の当事者適格は毫も妨げられない。一の権利関係につき当事者たる者が一人に限られなければならぬ理由はない。

(二)  原告は在日朝鮮人連盟東京本部の執行委員長として、本件不動産を管理処分する権能を右連盟より授権されたものである。それは弁護士代理の原則を潜脱するためでもなく、信託法第一一条の禁止に牴触する行為でもなく、たゞ右連盟が所謂権利能力なき社団として登記能力を有しない結果なされたものであるから、もとより業務上正当な必要に基く適法な授権と言はなければならない。

従つて原告が本訴の正当な当事者であることには議論の余地がない。

(若しさうでないとしたら、法務総裁が原告名義の財産を在日朝鮮人連盟東京本部に属するものとして接収した措置の説明に窮することになる。原告の当事者適格を争ふことは被告国にとつて自殺的である。

(三)  又在日朝鮮人連盟は既に解散されて居るが、「解散シタル法人ハ清算ノ目的ノ範囲内ニ於テハ其清算ノ結了ニ至ルマデ尚ホ存続スルモノト看做」される(民法第七三条)以上、権利能力なき社団についても之と別異に解すべき理由はない。而してその場合原則として理事が清算人となり(民法第七四条)債権の取立をなし得べき権限を有する(同法第七八条第一項第二号)のであるから、特に反対に解すべき十分の根拠がない限り、原告もかゝる権限を有するものと言はなければならない。

第八、よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条第九三条を適用し、仮執行の宣言については之を附するのが相当でないものと認めてその申立を却下し、主文の通り判決する。

(裁判官 加藤令造 田中宗雄 三井哲夫)

目録

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